今週の風の詩
第3971号 ソメイヨシノ(2025.3.23)
ソメイヨシノ
meicoco(ペンネーム)
通っていた小学校は都会のど真ん中にあった。そのため校庭は狭く、バスケットコート1面も取れない広さで、しかも路面はコンクリートだった。しかしそんな学校でも、1本だけ桜の木があった。校庭の隅、鉄棒の後ろ側にひっそりと植えられていたのである。
最初、私はそれが桜の木だとは気づかなかった。なぜなら桜が満開の時期、小学校は春休みだからだ。
桜は、春休みになって校庭から子供たちの姿がなくなると開花し、子供たちが戻ってくる頃には、その花のほとんどを散らせてしまっていた。
しかしある年の春ーその年はいつもよりも寒かったのかー桜はその花をかろうじて枝に残していて、偶然私はその花に気づいた。
「へー、この木、桜だったんだ」
そして同時に、木に掛けられていた1枚のプレートにも気づいた。そこにはカタカナで「ソメイヨシノ」と書かれていた。
「そっか、この木は上級生のソメイさんとヨシノさんがお世話しているんだ」
そこから私の想像は広がった。ソメイさんとヨシノさんは園芸部。花が大好きな仲良しで、春休みも桜の観察に学校にやって来る。
毎日つぼみの数を数え、開花を喜び、花が終われば虫がついていないかとか心配する。
「だから毎年綺麗に花が咲くんだろうな」
私は見たことはない上級生に、思いを馳せていたのである。
ソメイヨシノが桜の品種だと知ったのは、それからしばらく経ってからだった。
「本日靖国神社の標準木、ソメイヨシノが開花しました」
テレビのニュースで初めて人名ではないと気づいた。そして少しだけガッカリした。
しかし春になって満開の桜を見ると、今でも私の頭の中には小学生のソメイさんとヨシノさんが現れる。一生懸命、楽しそうに桜の世話をしている姿が浮かぶのである。