第 3860号2023.02.05
「祖母の鏡台」
亜紀(ペンネーム)
「こんな古びたものが欲しいの?」そう言われながら、その鏡台は私の もとにやってきた。祖母が、お嫁入りのときのものであるというから、 もう百年近く前の家具である。祖母が亡くなり、家をたたむことになって、 誰も引き取り手がなかったこの鏡台を、修理して引き取ることにしたのだ。 幼い頃、私はこの鏡台に祖母と並んで、背伸びをしながら身支度するのを じっと見ていた。カーラーの山、化粧水の匂い。お粉をはたいて 「余所行きの顔」になっていく祖母。最後に口紅をつけた唇をむにゅっと 閉じて、よし、と一瞬、決め顔になる。祖母が綺麗に変身を見ているのが、 不思議で、素敵で、大好きだった。 「あなたはいつも一生懸命だから、勉強を続けたかったらおばあちゃんに 言いなさいね」。大学卒業前、祖母は私にそう言った。就職の道を選び、 三人の子の母になった今、毎朝、鏡台の前に立って問いかける。わたし、 一生懸命かな――。祖母がふんわりと微笑んでいるのが見える。そして私の 一日が始まる。