第 3856号2023.01.08
「お母ちゃんの、ちゃんちゃんこ」
小林 直
お茶の水の大学に通うために上京した時は、18歳だった。日が差さない、 朝から電球を灯す3畳の下宿は寒く、古道具屋で買った机替わりのコタツと、 鍋からすするインスタントラーメンと、母が持たせてくれた「ちゃんちゃんこ (綿入れ)」で暖を取った。そんな生活が、ずっと続いた・・・。 やがて大学を卒業し、就職し、結婚し、3人の子どもに恵まれた。住まいも 3畳の下宿から4畳半へ昇格し、次に6畳のアパート、初めて布団の干せる 2DKの団地、3DKの新築マンション、さらに郊外の一戸建てへと、変わっていった。 今は3人の娘も家から出て、広すぎる一戸建てに妻と二人で住んでいる。 そして、冬が濃くなると必ず押し入れから出して着るのが、あの「ちゃんちゃんこ」だ。 さすがに古く、あちこち破けてきた。見かねて妻は「買い替えたら?」と言うが、 捨てられない。自分で襟の破けは当て布をし、綻びは縫い、着続けた。妻も諦めたのか、 想いを理解したのか、洗って、干して、冬になると押し入れから出してくれるようになった。 そして必ず言うのだ、「はい、お母ちゃんの、ちゃんちゃんこ!」 55年目の「ちゃんちゃんこ」に袖を通しながら、今年も母の温もりを思い出している。 さすがに少し色褪せて年期を感じる。でもジーンズにビンテージがあるなら、 ちゃんちゃんこにビンテージがあってもいいじゃないか。風情がある。一生モノだ。 しかも暖かいんだな、これがァ。