第 3844号2022.10.16
「若葉マーク」
小林 瑞枝
はたちの息子がようやく免許をとった。 ちいさな頃からなにをするにも時間のかかる子である。 ねがえりも、歩きはじめるのも、保育園になれるのも、 のんびりしていた。 二十年たったが、車の免許もその例にもれない。 授業に寝坊する。ペーパー試験に落ちる。 春も夏もあっというまに過ぎてしまった。 最終ステップの免許申請の際は、メガネを忘れ出直しになった。 寒い季節になっていた。 さっそく若葉をぺたぺた貼りつけ、息子は運転しはじめた。 制限速度を守り、そろりそろりと発進する車は、彼そのものである。 雨の降る日も、雪の降る日も、かわらない。 息子には樹木の名をつけてある。 実がならなくても、花が咲かなくても、裸木になっても、根をはって 空を見上げているだけでいいんだよ、というメッセージをこめた。 若葉マークがよく似合う。 風にあおられても、鳥につつかれても、他人に見られなくても、樹は 生きてゆく。人間の何倍も忍耐づよい。