第 3837号2022.08.28
「時間旅行」
辻野 香枝
夏の終わりと秋の始まりの狭間の、いちばん好きな季節がやってきた。 真夏のジリジリ元気な太陽にさよならして、少しセンチメンタルで虚ろな季節に浸るのが心地いい。 揺れる金木犀の香りに誘われて、懐かしい駅を降りた。 いつのまにか大人になって、遠のいていた街へ時間旅行に出ようと思う。 あの頃よく訪れたお気に入りの店や喫茶が、まだあると嬉しい。 様変わりしていると、少し淋しい気持ちになり、いつまであったんだろう。とか、 もっと早く行っておけば良かったかな。。なんて思うのは何故だろう。 香り或いは、においというものは不思議で、一瞬であの頃にタイムスリップさせてくれる。 すっかり忘れていたなつかしいメロディも同様、ああ、この曲なんだっけ。。と、 とてもむず痒い気持ちになるんだ。 街を歩いただけで、忘れていた思い出が一瞬にしてよみがえる。 そういえば、あの子のことを慕っていたから、思い出すエピソードや この街に降り立たないと、一生思い出すこともなかったであろう出来事にふと出逢う。 隣を見上げて歩いていた頃には気づかなかったな。 一人で過ごす時間は二人の時よりずっと、視界が開けて情景が入ってくることに。 少し背伸びして、通り過ぎた季節は今は遠く時が経ち、ずいぶん大人になってしまった。 秋の足音にまた一歩近づく。 風が運んでくる金木犀の香りは、毎年変わらない。 微笑ましくも、甘酸っぱい切ないを連れて、たまには、こんな日もいいだろう。 秋のはじまりを頬に受けながら、つかの間の時間旅行。