第 3834号2022.08.07
「夏の音」
米良 比佐子
昭和40年頃のお中元の定番といえばカルピス。わが家にもカルピスの詰め 合わせがたくさん届いた。お母さんが作ってくれる冷たいカルピスが大好き だった。小学生になった頃には自分で作ることが楽しみになり、分量を調整 しては味見を繰り返し、母が作るカルピスよりちょっと濃い目がわたしの好 みの味に落ち着いた。 お盆に東京からおばがやって来た。「あー暑い、日光は涼しいと思って来た のにやっぱり日中は暑いわね」。駅から坂道を10分程歩くうちに大汗をかいた らしい。すると母が「おばさんに冷たいカルピス出してあげてね」と言うでは ないか。お客さまに出す飲み物を作るなんて、初めてのことである。急に胸が ドキドキした。 グラスを出して、カルピスを注いだら、氷を入れてお水を足して、おまけの プラスチック製の赤色マドラーでよくかき混ぜる。 「カラン、カラン、カラカラッ」 氷がグラスにぶつかって軽やかな音がした。よく混ざったかな?慎重に、 もう1回……。カランカランという音が、「上手にできたよ」という合図に 思えた。 お盆にのせてこぼさないように、客間までしずしずと歩く。おばの前に そーっと置く。まだ汗がひかないのか扇子をぱたぱたさせながら、おばは 真っ白なカルピスをごくごくっと飲んだ。 「あー美味しい!」 わたし好みの味を美味しいと言ってもらえた嬉しさと、ちいさな私が はじめて大仕事を成し遂げたような達成感で、しずしずと来た廊下を小躍り しながら戻った。 冬は男体おろしの風が厳しい寒冷地。一瞬の夏を逃すまいとめいっぱい遊ん だ夏休み。いまでも耳を澄ましてあの時の「カラン、カラン、カラカラッ」 という音を頭の中に響かせると、数えきれないほどのキラキラした夏の 大冒険が映画みたいに動き出して、日光の冷涼な風がスーッと吹き抜ける。