第 3832号2022.07.24
「五十肩の女神」
匿名
二ヵ月に一度の定期健診の日。市内の総合病院で、一時間ほど待たされ約三分 で診察を終えた私は、病院の目の前のロータリーで帰りのバスを待っていた。 暑い夏の日で、ベンチに座って帽子を目深に被り、俯いていたと思う。隣に誰 かが座ったのが分かったけれど、少し腰を浮かして横に動くくらいしかできな かった。すると、トンと肩を叩かれた。 顔を上げると、白髪の女性がにこにこ笑っていた。 「あなた、どこが悪いの?」 ここでバスを待っている人は病院の患者か、その見舞いかのどちらかだ。女性 もそう思って声をかけたのだろう。私は上手く言葉にできず、「いろいろ……」 と濁そうとした。すると女性は続けた。 「大丈夫よ!ぜったいに良くなるわ。あなた若いんだもの」 そうですかね、と返しながら私はその人を鬱陶しいと感じてしまった。 「私はね、全身が悪いのよ」 リウマチなど、様々な不調があると訴えるその人の話を頷きながら聞き流して いると、そのうちぱっと顔が明るくなって、こう言った。 「でもね、肩は若いの!」 「はい?」 「私、八十なんだけど、肩だけ五十肩なのよ!肩だけ若いの!」 私はびっくりして、そして、げらげら笑ってしまった。 これがこの人の鉄板なのだろう。私はそれから、見ず知らずの女性とバスが来 るまで語り合った。乗るバスが違ったようで、女性は先に立ち上がって帰って いった。 病院で聞いた、手術の可能性や、将来子どもを望めないかもしれないという重 たい言葉が、なんだか少しずつ軽くなっていくように感じた。 バスを追いかけて、その女性にありがとうと伝えたいと思った。