第 3823号2022.05.22
「立葵」
井上 園子
毎年、五月から七月にかけて、紫陽花(あじさい)の前に咲く、立 (たち)葵(あおい)をご存じですか。ハイビスカスに似た花を 穂状に、下から上に咲かせます。 その天に向かって真っ直ぐに立つ姿は、後ろめたさのかけらもない 純情さです。色は、ピンクや赤、白などで、一重や八重もあります。 私が、その立(たち)葵(あおい)と出会ったのは、小学校三年生 のときです。仕事で忙しい父が、庭でいっしょにしゃがんで、 「この花を、そのこ(私の名前)の花にするから、大切にしなさい」 といい、植えてくれたのです。 私は水をやり、大切にしました。その小さな立葵はぐんぐん伸び て、私が「かわいい」、とおもう余裕もなく生長しましたので、 つまらなくなりました。そして、私より草丈が高くなり、見下ろし たまま、八重のピンクの花を、下から上に豪華に咲かせていきまし た。 私の身長は高くなりましたが、毎年立葵に追い越されました。勝ち 気な私は、その花が、嫌いになりました。 やがて、私は都会に就職し、実家は引っ越しました。もう立 (たち)葵(あおい)のことは忘れていました。 ある日、地方へ仕事に行ったときに、バスから、空にのびる立葵 の群生を見つけました。いろいろな色の花がありましたが、すべて、 青い空にはえて見事でした。 実家に帰ったとき、父に立葵の花を植えてくれた思い出話をしました。 残念ながら父は覚えていなく、やがて、高齢で他界しました。 私は都会の道ばたで咲く、数株の立葵を見つけるたびに、幼い日に 父としゃがみこんで植えた日を思い出します。小学校教師だった父が、 私の性格をみて「立葵のように、天にむかって真っ直ぐに生きること を、願っていたのではないか」、と考えるようになりました。 梅雨のこと、天辺(てっぺん)の花が咲きますが、悲しいことに、 真っ直ぐだった花茎は曲り、咲き終えた下の花々は変色します。 しかし、最後まで咲き切る勝ち気な立葵が、私は好きです。