第 3817 号2022.04.10
「ぼちぼち始める身辺整理」
木棚 まり子
「赤いですねぇ」 高血圧の夫の薬をもらいに行った時、厚化粧の女医は私を見 てそう言った。最初、何のことか理解できず、キョトンとしていた。 どうも私 の着ているスーツの色が年齢の割に赤過ぎたらしい。 「あゝ、これですか。20年前に作った服なので」と私。 化繊のため、赤や紫色 で描かれた花柄の発色がよく、しわになりにくい。洗濯機に放り込んでもびくと もしないので、夏以外は重宝している。雑に扱っても穴もあかないことを良いこ とに、色目など頓着なく着ていた。 「赤いですねぇ」と言われてから、私は20年前の服のことを気にしていた。とこ ろがリハビリの待合室で、30年前の服ですという猛者がいた。彼女の服は黄緑系 で今も彼女に似合っていた。「この時代のものは仕立てが良く、生地も良いのよ。 今のは安っぽくって」と彼女。 勇気を得て、私も30年前の服を箪笥から引っ張り出した。綿ローンの生地で 半袖のワンピース。オレンジとグレーの2色で、太い筆で揮毫(きごう)したよ うなデザインである。少々派手なのを自覚していたので、箪笥の肥やしにしてい た。しかし捨てがたかったものである。 先ず、まえ身ごろが、上から下まで、総ボタンなのが、夏には羽織り易い。猛 暑日、あらわな恰好で過ごしていても、前ボタンをかけながら、涼しい顔で宅急 便のお兄さんから、お中元を受け取ることが出来る。9号サイズでギャザースカ ートのワンピースだが、ウエストがゴムなので、13号の、今の私の体にフィット してくれる。 これを着ると、子育て真っ最中の生活がよみがえってくる。 月日の経つのは早いものだ。当時を懐かしみ、穴のあくまで着て、捨てる。い ささか時間のかかる身辺整理だが、ぼちぼち楽しみながら始めている。