第 3807 号2022.01.30
「沢山夢を持ってみるのも悪くない」
留々子(ペンネーム)
母はカレーを作るのが大好きだった。私は戦後生まれで物の無い時代に育ったの で、カレーライスと言えばハッピーデイの凄いご馳走。肉は挽肉から豚こま、だ いぶたってから鳥肉に変わったけれど、じゃがいもと玉葱、人参がゴロゴロ。そ の中にほんの少しのお肉が隠れている、そんな感じだった。でもご馳走の中では 最高だった気がする。 高校生になって母が働き始めると、時々学校帰りと母の仕事帰りに合わせて、 錦糸町にあった下町という洋食屋でカレーライスを食べた。その頃としては珍し くスクランブルエッグとウインナーの炒め物が付いていて、鳥もも肉がこれでも かというくらい入っていた。ものすごく美味しかったけど、店はものすごく混ん でいた。間もなく潰れてしまうのだけれど、あまり流行りすぎて、働く人がいな かったと噂になった。そこで覚えてから母のカレーが鶏肉に変わった。肉がたく さん入ったカレーはやっぱり美味しかった。それ以来、カレー屋を開くのが母の 夢になった。人が来るとカレーを大きな鍋で煮て、沢山食べさせたがった。孫に もお婆ちゃんのカレーの作り方を伝授したし、玉子とウインナーも必ずつけ合わ せた。最後までその夢の中に生きて、やり残した事の話の中にはいつもカレー屋 が登場した。なんでやらなかったの?って聞くと、やったら楽しくないと思うよ、 そう答えた。 夢って想像の中で楽しむのもありなんだ、やってしまったら、現実に潰されて しまって、苦労するってわかっている事をしないで、あくまで絵に描いたような 世界を楽しむことができればそれはそれで良いのかもしれない。以来私の中で実 現に向けるのは夢ではなくって、目標なのだと母の生き方を見て悟った。そう思 うと気楽に夢を持てる気がして、ちょっとワクワクした。殺伐とした世の中、沢 山夢を持ってみるのも悪くない。