第 3806 号2022.01.23
「故郷の『あぜ道』」
長坂 隆雄
久しぶりに故郷を訪れた。今では無人駅となった駅舎を出ると、見渡す限りの田 圃が続いている。 公道に面して、縦横に連なる『あぜ道』を目にすると、アイ染めの濃紺の野良 着姿で、泥にまみれて、田畑仕事に精をだしていた当時の母の姿が目に浮かぶ。 汚れたら洗濯板でゴシゴシと手で洗い、破れたら布をあて、一針、継ぎ足された 野良着姿であった。 春の麦刈り、秋の稲刈り、それ以上に苛酷なのが初夏から酷暑にかけての田植え であり、除草作業であった。 公道と違って、狭いあぜ道に足を取られながら、時にはヒルに咬まれ、血を吸わ れながら滴る汗を拭きながら、草取りに励み、長時間の立ち仕事の結果鬱血し、 静脈流の足をひきずりながら、働きづくめの生涯を送って私を育ててくれた母の 姿だった。 故郷を離れ、都会に就職する私に言った母の言葉『あぜ道を忘れないで』の一言 が、私の記憶から終生忘れる事はなかった。年輪と共に、その一言が様々に蘇っ てくるのである。人生には表もあれば裏もある。表の華やかな世界の裏には、 多くの人々の苦難の世界がある。農村の生活も同様で、華やかに闊歩する公道の 反面、縦横に広がるあぜ道があればこそ、傾斜の田畑も平衡化され、人の田畑も 明確化され、流れ出る水も防ぎ、生活の糧をもたらしてくれるのである。多くの 人々が常時利用する公道と異なり、目立たない地味な道ではあるが、非常に重要 なものである。 会社生活においても、目だたない事の中にこそ、大切なものがあり、それを確り と見据える様にとの母の教訓であったと感じています。