第 3798 号2021.11.28
「母からの着物」
上野 真帆子(ペンネーム)
「着物たくさんあるでしょう。着ないの?」 四年前、父の葬儀のとき食事の席で叔母が私に尋ねた。急な質問で咄嗟に「なか なか機会が無くて」と答えた。歌舞伎にもお茶会にも縁のない生活なのだもの。 すでに亡くなった母は着物が好きで、訪問着や付下、紬、夏の単や喪服までき ちんと桐の箪笥に収納していた。お正月や親戚の結婚式、兄や私の入学式や卒業 式には着物を着た。昔は着物で式に参加するお母さん達は結構いたのだった。 私の成人式には振袖なんていらないと告げたのに張り切って揃えてくれて、着 る羽目になり窮屈で苦しかった。全く贅沢な話だが、洋装の友人が羨ましかった くらいだ。 しかし結婚前に着付けを習いに一年ほど学校に通った時は、資格を取る為でも あったが、着物を着ることが意外と楽しかった。それは新しい発見で、講師の先 生の着物を見て素敵な柄だと感じ、帯締めなどの小物を自分で買う楽しみも味わ った。初詣に母と二人して神社へ着物で出かけたこともあったし、友人の結婚式 には自分で着て参加したこともある。 結婚後、田んぼに囲まれた所で暮らした。気が付けば早三十年、夢中で育てた 三人の息子たちも既に大人になった。その間、母からもらった着物はずっと“箪笥 の肥やし”だった。七五三も卒業式も、母親として着物を着たことは一度もない。 父の葬儀のとき叔母が尋ねた言葉がきっかけで着物を思い出したという感じだっ た。 そんな折、長男の結婚式が決まりもうすぐ初めての黒留袖を着る予定になり、 とても楽しみでワクワクしている。機会到来なのだ。三人の息子達に初めて見せ る私の着物姿、みんな驚いて目を見開くに違いない。なんと言われるかは今は考 えないようにしている。