第 3795 号2021.11.07
「雀」
国東 しん(ペンネーム)
「あれ見てみ。」 いつもは口数が少なく無愛想な警備のおじさんが、珍しく話しかけてきた。 おじさんの視線の先には雀が一羽。 私の勤め先である都内のオフィスビルの一階に、迷い込んでいた。 「ちゅん太だ。」 警備のおじさんがそういうので、 「たまたま入ってきた雀に名前があるんですか。」 と聞いた。 「あいつはちゅん太で間違いねえ。いつもあのハンバーガーショップのパンくず をついばみに来るんだ。」 警備のおじさんが言った通りに、ちゅんた太はテナントに入ったハンバーガーシ ョップの前にぴょんぴょんぴょんと移動をし、何かをついばみはじめたので私は 驚いた。 「ほら。」 警備のおじさんが、自信ありげに私を見る。 「そうこうしてられねえ、雀は意外と菌をもっているから外に出してやんねーと。」 と警備のおじさんは事務室を開け、次に現れたときには虫取り網を手にしていた。 いろいろ思うところはあったが、そのまま様子を見ることにした。 パンくずをついばむちゅん太に警備のおじさんがゆっくりと近づくが、ちゅん太 は夢中で食事をしていて気づかない。 警備のおじさんとちゅん太との距離、2m。 ちゅん太は気づかない。おじさんの優勢。 そのままじりじりと距離を詰め、1m。 良い距離感まで詰めたおじさんが足を止める。そして、思い切り網を振り下ろし た。 「あっ。」 私は思わず声を上げた。 オフィスビルの広々とした天井に一羽の雀が優雅にひらりひらりと飛んでいく。 目で追っていると、天井の柱に止まり 「ちゅく、ちゅんちゅん。」と鳴きはじめ た。 「捕まるもんか、ここだよ、ここだよ。」とこちらを馬鹿にしてるかのように、わ ざわざ可愛らしい声で何度も鳴いている。 「くそう。またやられた。ちゅん太め。」 そう言って、天井を見上げている警備のおじさんの表情は、言葉とは裏腹にどこ か愛おしさに満ちていた。