第 3794 号2021.10.31
「コンビニのホカロン」
パンユ(ペンネーム)
東京の気温は、もうすっかり晩秋のものとなっていた。しかし困ったことに、 私の勤務先である大学の事務室は、暖房の調子がどうも悪いらしく、いくら温度 を上げてもちっとも暖かくならなかった。そのせいで、書類仕事をする私の手足 はすっかり冷え切ってしまっていた。一人、手をこすり合わせながらパソコンに 向かうのはなんとも惨めな気持ちで、私は手足ばかりか、心まで冷え切ってしま いそうな気分であった。 ―――ホカロンでも買いに行こうかな。 春の入構規制以来、ひとけのなくなったキャンパスを、灰色のコートを着込ん だ私は一人歩いて行った。 コンビニのドアが開くと、私は一目散に生活用品が置いてある棚に向かった。 目当てのホカロンが見つからず不安になっていた時、一人の店員さんが目に入っ た。緑色の制服を着て熱心に商品棚を整えている。私は少し遠慮がちにその店員 さんに声をかけた。 「はい、どうなさいました?」 ぱっと見上げた店員さんの顔は明るく、その言葉には独特なイントネーションが あった。ホカロンはないかと尋ねるとまだ棚出しされていないという。私が困っ た顔をしていると店員さんが言った。 「貼るの?それとも?」 「あ、貼らない…貼らないのがほしいんです。」 「小さいの?大きいの?」 「えっと、大きいの。大きいのをください。」 「ちょっと待っててね。」 すると店員さんは店の奥に入っていった。しばらくして出てきた店員さんの手に は、ちょうど両手ほどの一枚の赤いホカロンがのっていた。 「はい、どうぞ。」 ホカロンを差し出しながら私を見つめる店員さんの笑顔はとても親しげで、そこ には朗らかな優しさが満ちていた。 「ありがとうございます。」 コンビニを出てキャンパスを歩きながらホカロンが温かくなるのを待ったが、 私の心はいつの間にかすっかり温まっていた。秋の日のたった数分のやりとり。 そんな中でも、なぜかほっこりと温かさをもらえることがあるようだ。