第 3793 号2021.10.24
「好物に見る成長記録」
あろはこ(ペンネーム)
給食にぶどうパンが出たら、気を引き締めなければならない。残すことは幼い ながらもプライドが許さない。嫌いな干しぶどうをパンから一粒ずつほじくり、 これまた嫌いな牛乳で流し込む。穴だらけになったパンは後からゆっくりいただ くのである。干しぶどうと同じく嫌いだったのが干柿だ。しわしわの干からびた その見た目は、年寄りの食べ物というイメージで手をつけようとも思わなかった。 そのままでおいしいのになぜわざわざ干すのだろうか。 それらがドライフルーツという洒落た名で耳にするようになったのは酒が飲め るようになってからだ。最初はパイナップルだったと思う。硬いくせに噛めば噛 むほどジュワッと出てくる甘みがたまらなく美味しく、酒に合う。その後ドライ いちじくにはまり、デーツをひたすらに食べる時期が来る。特にワインが好きな 私にはチーズとデーツのねっとり感がたまらないのだ。そして、マンゴーやりん ご、オレンジなどのひと通りのドライフルーツを食べ、嫌っていた干しぶどうと 干柿も口にするようになる。干柿をつくる際の知恵や工程、手間を知り、どれだ け高級なものを毛嫌いしていたのだろうと後悔すら覚えた。今では、ぶどうパン も干柿も大好物である。 しかしながら、最近ぶどう農園で旬のぶどうを食べる機会に恵まれ、その甘い 果肉とあふれ出る果汁のおいしさを堪能した。その直後に自家製の干しぶどうを 試食にと渡された。その干しぶどうがとても贅沢であることは頭では分かってい たが、やはりフレッシュなぶどうには敵わないと実感。干し果物はあくまで保存 食、旬以外の時期においしく食べるための知恵なのだ。果物を旬の時期に味わえ るなら、これ以上の贅沢はない。幼い頃の私はそれを無意識に知っていたのかも しれない。