第 3789 号2021.9.26
「ルビーの指輪」
省子(ペンネーム)
母が還暦を迎えた時、それまで誕生日に何が欲しいなど一切口にしたことが なかったのに「おにいちゃまとあなたからルビーの指輪が欲しい」と言った。 まだ30代になったばかりの私たち兄弟は、果たして母の好みに合う高価な物を 買えるのか?と無言で顔を見合わせた。そんな気持ちを察するかのように母はさ っさと翌日、虫眼鏡でも見えないくらい小さなルビーが2つついた指輪を買って きて、われらは内心ホッとして10万円足らずを渡した。宝石が好きで宝石店に 勤務しゴージャスな指輪をいくつも持っていた母に、米粒みたいな石はあまりに 不似合いで 「ママ、大きな石が買えなくてごめんね」と言ったら 「いいのよ、ママはおにいちゃまとあなたの2つのルビーがついている ソニア・リキエルのこのリングがモダンで気に入ったの」と笑った。 それから18年、母に残された時間がもうあまりないと分かった頃 片時も離さなかった指輪を見ながら、母は「あなたが還暦になったら これをしなさいね」とポツンとつぶやいた。 そして10年、自分が60歳になった数日後、大ヒットした 「ルビーの指輪」という曲がTVから流れ、そうだ、あの指輪 と思い出し 慌てて母の遺品から取り出した。母がくすり指にしていたリングは わたしの中指にピッタリ、まるで吸い込まれるようではないか。 デザインも今風で全く古臭くない。 その瞬間、ハッとした。そうか、母は自分用にではなく、いずれ1人残される 娘のため、私に似合う控えめな指輪を選んでくれたのだ。 ママ、お見事!一本取られたよ。母の愛は枯れることなく溢れている。