第 3786 号2021.9.5
「アゲハチョウ」
島本 久美子
コロナで外出を控える中、気分転換に近所を歩いていると、一匹のアゲハ チョウがひらひらと前を通り過ぎていった。 子供の頃に住んでいた家の裏に、小さなからたちの木があった。花や実のこ とは覚えていない。覚えているのは黒い小さな毛虫。 アゲハチョウの幼虫だと母が教えてくれた。夏休みに幼虫数匹を大きめのお菓子 の空箱にいれて育てた。毎日、新鮮なからたちの葉を与えた。黒い毛虫は鮮やか な黄緑色のぷよぷよした芋虫となった。その後、黒い斑点がある芋虫になった。 黄色い触角まであり少し怖い感じもした。黄緑色のサナギとなった後、木の葉色 へ変化した。子供心に間もなくその時がきたのだとワクワクした。 あの醜かった小さな黒い毛虫が、キレイな蝶になるのだ! ある朝、箱を開けると美しいアゲハチョウがいた。脱脂綿に浸したさとう水を与 えた後、そっと外に放してあげた。 その後もアゲハチョウが旅立ってゆき、最後の一匹になった。 しかし、その子は旅立てなかった。 羽化の時、箱の中の限られたスペースで羽が十分に広げられなかったのだ。 飛べない羽をもったその子に毎日さとう水を与えた。その子は箱の中で一生を 終えた。 それから数十年が経つ。 今でもアゲハチョウを見かけると、飛び立った子たち、飛び立てなかったあの子 を思い出す。アゲハチョウを見かけると愛おしく、そして、胸がキュッとなる。 酷暑だった今年の夏も終わり、ようやく秋めいてきた。あの子たちを見られる のは、あとどれくらいだろうか。今日もアゲハチョウがひらひらと飛んでいる。