第 3768 号2021.5.2
「グレープフルーツにグラニュー糖」
キジトラ猫(ペンネーム)
乗合タクシーの中、若い女性は何度も電話に応じていた。それは家族から の到着時刻の確認らしい。 電話を切る度、隣の私に配慮して小さく笑顔を向けていた。 小雨の中、目的地に着くと彼女は私に迎えがないことを聞いてきた。そして 「友達も家族もいないところに一人で来るなんて」と言った。 北アフリカの小さな街にふらりと来た、母が亡くなって数か月後のことだっ た。予約もしていないホテルまで彼女のお兄さんが車で送ってくれた。 荷物を置き、一人で歩く街は小雨とぬかるみと思った以上の寒さで暗く灰色 に見えた。歩きながら、ここは一泊で十分と思いながらホテルへ戻った。 驚いたことに思いもかけず入り口のソファーには、大きな笑顔で迎える先 ほどの若い女性がいた。明日この街を案内し、自宅へ招いてくれるために 絡先を知らない私を待っていてくれたのだ。 翌日伺った郊外のその家は、庭に様々な果樹を植えていた。彼女のお母さん が出してくれた庭のグレープフルーツは、半分に輪切りにされグラニュー 糖がかかっていた。今ではそうやってスプーンを使う食べ方は日本では見か けない。ここチュニジアでは昔からずっとこの方法とのこと。日本が輸入し 始めたころは、ご当地の食べ方も一緒に入って来たのだろう。それからだん だんと日本の柑橘類の一つとしてなじむと同時に食べ方も変化したのか。 私が小さい頃、母が用意してくれたグレープフルーツはチュニジア流であっ たことを思い出した。