第 3764 号2021.4.4
「ラベンダーで一回休み」
ネイビーグレイ(ペンネーム)
久しぶりにヘアサロンへ髪を染めに行った。ステイホームでおとなしく していても、白髪は自粛してくれなかった。シャンプーをしてもらい、 「あぁ、いい香りですねぇ」 「カモミールとラベンダーのブレンドなんです。体調によってどちらかを 強く感じるようですよ。普段ならカモミール、ちょっと疲れているときは ラベンダーのほうみたいで」 私はラベンダーにまず気がついていた。 四十代の終わりから五十代にかけ、六年の間に三度も腰の手術をしたと 言ったら、呆れられるかもしれない。長年の体のクセが徐々に歪みを生ん だか神経を圧迫し、ついにズレた腰椎をボルトで固定せざるを得なくなっ たのだ。 一度修理をすれば、すっかり元通りのはず、と初めは信じていた。しか し要介護5の母親を見送り三年半後に二度目、さらにその二年後には歯磨 きの間すら立つのが辛い腰痛となり、腰から背骨に沿ってボルトは列をな してしまった。固定した上の部分に次々と負担がかかり、現役時代ほど手 術を繰り返すことが多いという。 五十五歳の今年は、思いもよらないコロナウイルスとの日常である。が、 外出禁止を強いられた長い時間は、私にとって今まで突っ走ってきた人生 を振り返る「一回休み」と、ピッタリ合ったように感じてならない。 術後一年半がたち、家族のためにひととおり家事もこなせるまでになっ た。窓も自由に開けられず、物音ひとつ同室の人に気を遣う入院生活に比 べれば、自宅でのマイペースというだけで感謝ができる。修理のもたらし たものは、ただ体の回復だけではなかった。 ラベンダーの香りでこの夏は終わりを告げたが、この先二度とボルトを 増やさぬよう、肝ではなく骨のほうに銘じている。