第 3750 号2020.12.27
「日常に潜む冒険」
人見知りの銀行員
人と関わるには心のエネルギーが必要だ。その消費量は人によって違うのだ ろう。人見知りなわたしの場合、ちょっとした日常生活の動作においても心の エネルギーをかなり使ってしまうことがある。 ごみを捨てに行く。社会性を十分に備えた人たちには取るに足りないこの行為 も、わたしにとっては『はじめてのおつかい』と同じくらいの冒険となる。 ごみを捨てること自体に必ずしも嫌悪はない。問題はごみ捨て場までの間に 知らない人と出会ってしまう恐れがあることだ。できれば他人と顔を合わした くない。挨拶を交わすべきかどうか、それを考えるだけで心のエネルギーを 消費してしまう。果たして誰にも会うことなく、ごみを捨てることができるの か。気分は『ミッション・インポッシブル』のトム・クルーズである。 部屋からゴミ捨て場まで直線距離にすればおよそ70m。ただ、それは物理的に 決して平坦な道のりではない。平屋の戸建て住宅ではなく高層の集合住宅に住 む者にとって、目的地へたどり着くためにはエレベーターか階段を利用する必 要が出てくる。エレベーターの場合、途中の階で誰かが乗り込んでくる不運を みずからの意思で回避することは事実上不可能だ。したがって、ルートの選択 肢はおのずと階段に限られることになる。しかし、階段も決して安全とは言え ない。踊り場ごとに足音を確認する。仮に階段を利用する人の気配を察知した 場合、すばやく途中の階に退避して身を潜めなければならない。真冬なのに脇 の下から汗がつたうのを感じる。 誰にも見咎められることなくミッションを成功したときの爽快感は格別だ。階 段の上り下りでカロリーを消費した喜びもある。しかし一方で、ごみを捨てる という些細な出来事に心のエネルギーを費やす自分を情けなく思わないでもな い。いずれにしても、人見知りにとって世を生き抜くというのは結構大変なこ とである。