第 3741 号2020.10.25
「オレの標準語」
スピカ(ペンネーム)
私が子供の頃、母方の祖母は近くに住み、週に一度我が家に来ていた。 さほど子供好きでもなく、時折話をする程度で遊んでもらった記憶はない。 祖母が山形にいた頃の仕事の話や着物の話…。こちらが年頃になっても 「ボーイフレンドは出来たかね?」などという牧歌的な話題は出なかった。 根っからの仕事人間だったので、色恋のような艶っぽい話題には興味が なかったのだろう。 今も時折、あぁ気の強かった祖母らしいなと思い出す話がある。いつの 出来事だかもう覚えていないが、あれはJRがまだ国鉄だった頃ではないだ ろうか。ある時、祖母は駅員に道を尋ねた。ところが、駅員は道を教える どころか、山形弁の祖母をバカにしたのである。東京に暮らして長く経つ のに、祖母は最後まで山形弁が抜けなかった。標準語を話す気もなかった と思う。いずれにせよ駅員はガチガチの山形弁を繰り出す祖母に、こう言 い放ったと言う。 「ここは東京だよ?ちゃんと標準語話してよ。」 「!!!」 方言を話すというだけで、まともに対応をしなかったのである(確かに訛り はきつかったが)。私だったら、東京の人は怖い、もう二度と道なんて聞け ない…と落ち込んで泣き寝入りするところだが、しかし我が祖母は違う。 自他共に認める気性の烈しい女。カッと駅員を見据えるや、 「何を言う!オレのこれが標準語だあっっっ!!!」 改札で駅員を怒鳴りつけたそうだ。 …すごい反論。案内が悪いとか人を馬鹿にしてとかいうレベルではない。 明らかに訛っているのに、それこそが標準語だと言い切る無謀な論理よ。 駅員は度肝を抜かれていたそうだが、それはそうだろう。小柄で小太り、 一見害もなさそうな老女から驚異の返り討ちを喰らったのだから。人のど こに狼が潜んでいるか分からないものだ。 これを機に彼は心を入れ替え、みんなに優しい駅員さんになった・・り しただろうか。だとしたら、そこそこ良い話である。