「 迷探偵 」
児玉和子(中野区)
ある朝、門の辺りでしきりに誰かを呼ぶ切羽つまった声がする。
行ってみると中年の女性が、「たまちゃん、たまちゃん」と呼んでいた。「なーんだ、猫をよんでいたのだ」私は気抜けして家にはいった。この日から毎朝、たまちゃんを呼ぶ声が続き、一ヶ月にもなる。
今朝、新聞にペット・ロスと題した記事がのっていた。
愛犬に死なれた三十七歳の女性が、ショックで、三ヶ月寝込んだというはなしである。
昨今はペットが伴侶役や家族役になりつつあるらしい。
私は、たまちゃんを探していた女性を思い出したが、最近その声を聞いていない。
ふと、一ヶ月前にお向かいの家に迷い込んだという猫をおもいだした。「猫が迷い込んできたのよ。白いから取りあえず白ちゃんと呼んでいるの」と、猫好きらしい奥さんはのんびり言った。
その白ちゃんがここ二、三日帰ってこないそうだ。「来る者拒まず、去る者追わず」に徹しているらしい奥さんは「白ちゃんいなくなったのよ」と、アッケラカンとして言った。
こんな人は、ペットロス症候群に罹る心配無用だ。先ずはメデタシ。
新聞の記事と、白ちゃんの家出と、行方不明になったらしい、たまちゃんが重なり、私をシャーロック・ホームズ気取りにさせた。さて、先ずは推理から。
たまちゃんは、平凡な生活に倦み、ふらりと放浪の旅に出てみた。日暮れて心細くなったたまちゃんは、目に付いた家に入ったのが、お向かいの家。この家の主婦は、白いからしろちゃんと安直に決め、夕食も作ってくれた。味付けもまあまあ、見かけたところ人畜無害らしい。たまちゃんは、しろちゃんの仮名のまま暫く逗留することにした。
一緒には寝てくれないが、白ちゃん、白ちゃんとかわいがってもくれる。餌と住を確保したたまちゃんは「白ちゃん」と呼ばれることにも慣れて、ついつい長い滞在となってしまったが先日ふと「望郷の念に駆られて……。」とまあ、こんなところで新しい家を出た。
元の家に帰った白ちゃんではない、たまちゃんに、ペットロス症候群になってしまったもと飼い主は、たまちゃんを抱きしめ、寂しかった日々を猫なで声で、縷々訴えているうちに、ペットロス症候群もたちまち治った。
先ずはメデタシ、メデタシ。
私は自分の迷推理に満足する。私って迷探偵。