第 3682 号2019.08.18
「 なしろさんのドラゴンフルーツ 」
屋宜 美奈子(杉並区)
運転が苦手なわたしは、体育の授業がおっくうだった。
いつもこっそり授業をぬけて更衣室で漫画を読んだりしていると出席日数が足りず、このままでは卒業できないという大ピンチ。
そこで私は追試ならぬ、追走をすることになってしまった。
学年でただひとり、追走をするという恥ずかしさなのか
残暑のグラウンドを汗だくで走っていると
用務員のなしろさんと目が合った。
こんがりと日に焼けたなしろさんはわたしを見て
にいっと白い歯を見せて笑ったので
私は余計に恥ずかしくなって、下を向いてしまった。
翌日、追走をはじめようとすると
なしろさんがキンキンに凍ったお水のペットボトルを渡してくれた。そして昨日と同じようににいっと笑って
「がんばれよ」と言って、庭作業に戻っていった。
その次の日も、週が明けても
なしろさんは毎日、キンキンに冷えたペットボトルを渡してくれた。
追走も今日で終わりという日、
なしろさんはペットボトルではなく、ドラゴンフルーツの苗を渡してくれた。
私が驚いているとなしろさんはいつものようににいっと笑って
「がんばれよ」と言ってくれた。
そんな私も無事に高校を卒業、大学へ進み、就職を機に上京した。
そしてこの季節になると、実家から小包が届く。
「なしろさんのドラゴンフルーツ、今年もたくさん実りました。」
ドラゴンフルーツをキンキンに冷やしてほおばると
なしろさんの笑顔を思い出す。
耳をすませば「がんばれよ」というあの声も聴こえてきそうだ。