第 3677 号2019.07.14
「 記憶の深さ 」
M・A(ペンネーム)
父も母も、小学校の教員をしていましたから、平日の授業参観に来ることができないのは当然だと思っていました。
運動会や学習発表会も、日程が重なれば欠席です。
けれど、大して寂しくなかったのは、誇りを持って働いているように見えたからです。
あれは、まだ私が小学校へ入る前の頃だったでしょうか。
妹と一緒に、父の職場へ連れて行かれたことがあります。
夏休み中のプール開放日でした。大らかな時代だったのでしょうね。
私も妹も水着を身につけて、生徒たちと一緒にプールの水に浸かりました。
海パン姿の父が、泳ぎ方を生徒に指導していたのを覚えています。
幼かった私と妹は、心細さを感じていたのでしょうか。
「おとうさーん、おとうさーん!」
もちろん、父が駆けつけるはずがありません。
「おかしいね、聞こえなかったのかな」
「もう一回、呼んでみようよ。せーの、おとうさーん!」
何度も呼びかけたことを覚えています。
その様子を見て、生徒たちがクスクス笑っていたことも。
プールから上がった私と妹は、職員室でお昼ご飯を食べました。
「あらー、かわいいワンピースを着てるわねー」
ほかの先生に褒められ、得意げに答えたものです。
「おかあさんに買ってもらったの」と。
長い休みの間に、東京や佐渡などへも出かけました。
けれど、思い起こすのはささやかな日常風景ばかりです。
小高い丘の上で食べた市販のお稲荷さん。
六畳間で笑い転げながら見たテレビ番組。
今では、両親ともに働いているご家庭は珍しくありません。
もしも一緒に過ごす時間の長さを気にかけているなら、ひとことお伝えしたいです。
大丈夫ですよ、記憶の深さの方が大切です。
心の奥に仕舞い込んだ思い出を、子供は飴玉のように味わっています。