第 3672 号2019.06.09
「 娘の教え子 」
匿名(さいたま市)
「お母さん、乗って!」
3年前、娘が嬉しそうな顔で「乗って」と話したのは、ソウルでよく見るタクシーだった。そのタクシーは一見普通のタクシーだったが何が違うかと言えばそのタクシー運転手さんがとても日本語が上手だったことである。
「お母さま、韓国へようこそいらっしゃいました」
キルと名乗るタクシー運転手さんは私を見て流暢な日本語で握手を求めた。
「お母さん、こちらのキルさんに私6年前から日本語を教えているのよ」
娘がそう話し、その時初めて私は娘が終始嬉しそうな顔をしている理由が分かった。
キルさんは日本語教師として韓国で働いていた娘の教え子だったのだ。
「“あいうえお”から先生に教わってお客様を日本語で何とか案内できるまでになりました」とキルさんは言った。
それから私に「立派な娘さんを生んで下さり、お母さまに本当に感謝します」と頭を下げた。私は驚いた。今まで日本でも「娘を生んでくれて有難う」と家族以外の誰かに言われたことはなかったからだ。
「お母さま、昨日もお客様に貴方のタクシーに乗って本当によかったと言ってもらえました。日本のお客様に最高のサービスをすることが、先生とご家族の皆様への恩返しだと思っています」
私はその言葉を聞き、娘が教えた日本語がキルさんの為になり、そのことが更には私や私の知らない誰かの役に立っているという事実に感動した。彼は娘が教えた日本語を使い私に美しいソウルを案内してくれた。娘はそんなキルさんを助手席で見ながらとても嬉しそうで、私はそんな二人を見て幸せな気分になった。