第 3661 号2019.03.24
「 春のある街 」
ワンセイの娘(ペンネーム)
いつからこの都会の街を、無心で歩けるようになったのだろう。
16年前。
人ごみに戸惑いながらやっと見つけた2番ホームで、
身を寄せたのはドアの隣の小さな空間。
溢れそうな弱さを押し込める。
このとき、真空の世界の私とこの街をはじめて繋ぐ声が響いた。
「ここ、どうぞ」
眼を向けると、中年の女性が、
母は絶対に身につけないような華やかな色のスカートを揺らして、軽やかに席を空けてくれた。
一緒にいた女性たちも、ふわりとあとに続く。
見回せば座席はたくさん空いていた。
しかし、どのシートも端の席は埋まっている。
大きな荷物を抱えた私もためらいが見えたのだろう。
声もない会釈に一瞬の微笑みを向けて、
女性たちはおしゃべりに戻っていく。
腰を下ろしたシートは震えるほどに温かく、沈むほどに柔らかい。
あの街を出るときに凍らせた涙が、戻った体温で溶け出しそうだ。
進学が決まったとき、誰もが「冷たい街だから」と心配したが、
ここも春のある街だと、皆にすぐにでも伝えたくなった。
見えていなかったはずの明日が、途端に色づいていく。
また春がやってきた。
あの声が聞こえた気がして、私は立ち止まり、振り向いた。