第 3657 号2019.02.24
「 木の根明き 」
山爺(ペンネーム)
数年前のことだが、東京都心では大雪と言える20㎝以上の積雪があった2週間後、同じ都内とはいえ山間部に当たる奥多摩へ手軽な雪山歩きに出かけた。皆65歳以上の男ばかりのグループである。
いつもの仲間だからワイワイガヤガヤの話題はいつもの健康あるいは病気と孫たちのこと、それにちょっぴり連れ合いへの愚痴めかしたのろ気もある。
バスを降りていよいよ登山開始だ。はく息は白いが南側の斜面なので歩き出せばすぐに温かくなる。ちょっと待て、と言って早速上着を1枚脱ぐ汗かきもいる。それからしばらく杉の植林の中を黙々と登ると急にパッと開けた10畳ほどの広場に出た。そこだけは雪が解けて地肌が出ている。休もう、休もう、と声がかかり、てんで勝手にそこらに腰を下ろした。冷たい烏龍茶が喉に心地よい。それほど身体が温まっていた。
小さな谷を挟んだ向かい側の斜面は雪で真っ白だが樹木の根回りだけは雪が解けていて黒い地肌が出ていた。どの木の周りも同じようにドーナツ型の黒々とした地面が現れていて、中には下生えが顔を覗かせているところもある。その斜面全体が1枚の抽象画のように見えたのでリーダー格のKさんに面白い模様ですね、と言うと、あれは木の根明き(キノネアキ)というのだ、と教えてくれた。樹木の体温が雪を解かすらしい。Kさんは若い時は本格的に冬山もやっていたそうで、雪国の人々は木の根明きを、春がそこまで来ていることを告げる嬉しいしるしと心待ちにしているのだそうだ。
「木の根明き」か、「木の根明き」、そう呟いてみると私の気分も温かく明るくなるようだ。そうだ、「気の根明き」にも通じるのかもしれないなと考え、この日仲間と共にこの景色、このことばに出会えたことを嬉しく思った。