「 愛が生まれた日、なのかもしれない 」
桐島 カイリ(ペンネーム)
先日バスを待っていたら、スーツ姿の男性がやってきて
「あ、あの、先ほどはどうも」
とバス亭にいる女性にためらいがちに声をかけた。女性はいきなり声をかけられて驚いたものの、顔見知りなのかすぐに?「ああ、どうも」?と軽く頭を下げる。男性は内気なのか、ちょっと上ずったような声で、でもまっすぐに彼女の方を向いて、次の瞬間こう言った。
「あの実は、よかったら今度ごはんでもご一緒していただけないかと思って…連絡先など交換していただくのは、ダメでしょうか?」
それを耳にした瞬間、私は目を丸くした。バス亭には今、その男性を女性と、私しかいない。なにやら大変なことが起こりそうだ。
「えっ」
と女性は言って、しばらく黙って照れ笑いをしたが、やがて
「…あ、はい。あの、そういうことなら、いいですよ」
と俯きながら答えた。私は心の中でガッツポーズをした。
「歯が治ってからでいいですから、美味しいものでも食べに行きましょうね」
と言いながら、男性は嬉しそうに名刺を取り出して彼女に渡した。
「歯?」と私は怪訝に思ったが、もしかしたら歯医者の患者同士なのかもしれない。そういえば道の反対側にデンタルクリニックがある。そうか、そんなところにも出会いはあるんだ。
ちょうどそのとき、バスが到着した。私たちが乗り込むと、男性は笑顔でそれを見送ってから、スキップしそうな勢いで、来た道を去っていった。
私は一部始終をポーカーフェイスでやり過ごしたが、なんだか心のドキドキが止まらなかった。あの男性はずっと、あの人のことが好きだったんだろう。今日こそ声をかけようって、勇気を振り絞ったに違いない。
あの二人がこれから初めてのデートをして、お互いを知り合っていくのだと思うと、自分が何か凄いタイニングに立ち会ってしまった気がした。
今、私は体調がすこぶる悪かったりするのだが、このすぐにも崩れそうな状態の自分を救うのは、全然知らない誰かの幸福や希望だったりするんだな。そう気づいて嬉しくなった。
スーツの男性よ、がんばってね。
私はあなたの行動に励まされた気がしたよ。
二人の歯医者外デートが、どうかうまくいきますように。