第 3648 号2018.12.23
「 もしもピアノが弾けたなら 」
渡会雅(ペンネーム)
「小学校の頃、医者の娘でキヌコちゃんって超可愛い子と友達だったの。髪をポニーテールにしていて、自分の家族を『おねえちゃま、おかあちゃま、おとうちゃま』って呼ぶのよ。何よりも羨ましかったのはリビングにピアノがあって、私が『弾いてみてよ』と頼むと、『これならカッちゃんだってすぐ弾けるわよ』と言って、♪猫踏んじゃった♪を弾いてくれたの」
以来五十年余り、ピアノに憧れ続け、還暦を過ぎてからピアノ教室に通い始めた妻だった。
様々なピアノのある風景を見たり、聞いたりしてきた。
子供のためというよりは親の見栄で買ったのだが、ひと月足らずで子供は音楽教室に嫌気がさして、触れることすら断固拒否し、埃をかぶるようになったピアノ。
銀座のマダムで、パトロンに逃げられてからはシャム猫の居眠り場所になったピアノ。
嫁が嫁いでマンションに巣立ってから弾く人もいなくなり、行き場を失って何年も調律されないまま眠っているピアノ……。
「♪もしもピアノが弾けたなら♪って歌があるでしょ。もしもピアノが弾けたなら私の伴奏で孫と童謡を歌いたかったの。でもそれはもうダメね。」
いわゆるギャングエイジの年頃を迎えた孫は生意気盛りで、「友達と遊ぶ方が楽しいんだもの」と我が家にあまり寄りつかなくなった。
「でもね。次の目標が出来たのよ。―私、あの子が結婚するとき、披露宴で♪アメージングストーリー♪を完璧に弾くつもりよ」
それは老人ばかりのピアノ教室のリサイタルでつっかえつっかえ弾いた曲だ。