「 ばあばのお願い 」
山極 尊子(さいたま市)
「お願いがあるの」
ばあばの言葉に1才半になる娘が目をキラキラさせながら台所に飛んできた。
顎を上げ、ぐっとつまさき立ちをしながら娘は、ばあばを一生懸命見上げている。
「今から何を頼まれるんだろう」というわくわく感がこちらまで伝わってくる瞬間だ。
「卵を割ってくれるかな?」
ばあばのその一言に、娘はにんまりしてばあばから卵を受け取った。そしてどこからかボウルを引っ張りだしてくると、床にちょこんと座って卵を思い切りボウルに打ち付けた。カン!カン!という小気味よい音に続き、ぐしゃりと卵の殻をつぶす音が聞こえる。
「あら!よくできたわね」とばあばの声
私は仕事の手を止め、台所を覗いてみると、ばあばはボウルの中の卵の殻を取り除いている最中で、娘は相変わらず目をキラキラさせながら次のお願いを待っていた。
やっと卵の殻を取り除いたと思ったら、ばあばが
「今度は卵を混ぜてくれるかしら?」の一言。
すると娘は嬉しそうに笑い卵を箸でかき混ぜ始める。
「ねぇ、お母さん、いちいち娘に手伝わせたら、時間もかかるし大変よ」
勢いよく床に飛びちった卵を一緒に拭きながら、私はばあばにそう言った。現在、一緒にに暮らしながら娘の面倒まで手伝ってもらっている齢70のばあば、つまり私の母の体力が心配になったのだ。すると母は懐かしそうにこんな昔話をはじめた。
「お母さんねぇ、貴方が小さい頃必死で働いてたから余裕がなくてね…きっとすごい形相だったんだねぇ。いっつも貴方が心配してお手伝いしてくれるっていってたのに、全部断って自分でやっちゃってたのよ」
どうやら母は昔私のお手伝いを断ったことを未だに後悔しているようだ。
「子供は純粋だから、きっといつも誰かの為に何かしたいと思っているのよ。」
と母は言った。時間に余裕がある今、孫にできるだけお願いして成長を見守りたいそうだ。
ばあばのお願いの意味は想像以上に深かった。そういう人が私の母。私はやっぱり幸せだ。