「 初めてのグリーン車 」
大空咲楽(ペンネーム)
遅い夏休みを夫と温泉地へと向かった。初めてのグリーン車。ワクワクしながら二階席へあがり、ガラガラの車内で席を選び車窓に目を凝らす。発車音と共に見慣れた風景の向こうにビルが表れては消えてゆく。線路際のマンション群が次第に丘の上の家並みにかわり、海岸線を沿うように走る列車は、標高の高さではこの線路随一の駅へ近づいた。台風接近の予報通り海は白い波頭を振りまいていた。
台風は夜半に通り過ぎ、翌朝雨戸を開けると大きな青空が♫。夏日の様な日差しの中、美術館、神社とまわり上り列車で帰路へ。
発車時間が迫る中ホームへ上がると、列車が入って来た。二階席は人がまばらで、ホッとして席に着いたのもつかの間、ドラマが始まった。小さなバッグを手に持ち、コートと旅行鞄を腕にかけ、乗車券とグリーン券を握りしめたはずなのに、券は持っていない!改札を通った後に寄ったお手洗いに置いて来てしまったのかも!?ガラガラの車内で席を占領して荷物をひっくり返すけれど見つからない。持っているのは、初めての記念に取っておいた往きの使用済みグリーン車だけ…。乗車した駅に問い合わせてくれたが切符は見つからず普通車両に移動する。車両のドアを開けると扉脇の席が幸いに一つだけ空いていた。扉の反対隣は御手洗いのせいなのか、扉脇席は進行方向に向いた所謂お誕生日席である。
「大事な切符をどうしたのだろう?」小さな頭をフル回転させて自問自答。誰のせいでもなく自分のしたことだからと言い聞かせていると丁度到着した駅のアナウンスから懐かしい曲が流れてきた。希望の轍♪「あっ、次男が大好きな歌♪」しばし思い出に浸っていると車掌さんが来て、「忘れ物で届いたのでグリーン車に戻ってください」と。乗車駅のお手洗いに置いてあったのをどなたかが届けて下さったとのこと。気恥ずかしい気持ちでグリーン車へ。夫が、ほら観音様だよと声を掛けてくれたが、もうワクワク感はしぼんでしまった。ワクワクドッキンの初体験となった。