第 3623 号2018.07.01
「 小さなパン屋 」
ゆうり(ペンネーム)
家の近所に、小さなパン屋ができた。
開店祝いの花が飾られた赤い看板を見たとき、子供のころから
パン好きの私は心底うれしかったのである。しかも、バケッドやクロワッサンが本格的なのだ。都会ならいざ知らず、こんな田舎町でおいしいパン屋に巡り合うとは…。以来、私のパン屋通いがはじまったのである。
若い夫婦が経営するパン屋は御無事に一周年を迎え、お得意さん(もちろん私もその一人)にはかわいいバターナイフが配られた。翌年には、地元のローカル誌に写真が載った。次第おいしいパン屋の噂は広がっていき、今ではいつ見ても店の前にお客の車が止まっている。駐車場は拡張されて開店当初の二倍になった。
その頃から、パンが売り切れるようになった。
いつものように昼少し前にパンを買いに行くと、クロワッサンの籠が空になっている。店主に聞くと、開店直後から車で大量に買っていくお客さんがいるのだそうだ。確かに、おいしいパンを家族や仲間と食べたい気持ちはわかるのだけれど、こんな小さな店のパンはどの種類も焼きあげるのは一回きりなのだ。
私のささやかな幸福は、今や他人との熾烈な競争にさらされることとなった。開店直後に売り切れるのなら、私も開店直後に行こうではないか。夫婦二人の店には新たに3人の店員が雇われ、小さな店は客と店員とでさらに狭くなる。パンは相変わらずおいしいままだし、お店が潰れなければいいのではないか、繁盛していて何が悪いとは思うのだが、空っぽになったロールパンの籠がただ恨めしい今日この頃である。