第 3616 号2018.05.13
「 五月のふる里 」
風来坊(ペンネーム)
五月の風は、母の匂いがする。
暖かい花の香り、優しい笑顔を連れてくる。
オタマジャクシが蛙にかえる頃の
川の流れで毎年、養蚕用のカゴを
私の両親は洗っていた。
自転車に乗って橋の上から
それを見に行くのが私は大好きだった。
「かあちゃ~ん」と大声で叫ぶと
川の中に入って作業中の母親が
手を振ってくれる。
橋の上を川面との距離がどんと近づく時間だ。
五月の風の中で、見上げる母親と
覗き込む私の間が不思議な糸で
結ばれたような気がして嬉しかった。
少年の頃の、あの橋に行くたびに
私は川を覗き込む。
河原に降りて橋を見上げてみる。
今は、もうあの糸は見えない。
まわりの風景と共に消えてしまったのだろう。
私が少年の頃にした経験を
今の少年たちは、どこでしているのだろうか。
時間の流れは、時間のカタチさえ変えてしまった。