「 無口なバス 」
後藤 順(岐阜市)
通勤バスの車窓から眺める、街路樹が若葉に萌える、五月。僕は、指定席のように後部座席に座る。となりに座った男性が声をかけてきた。「今日で定年になります。明日から、このバスに乗れなくなります。ホントに、長い間お世話になりました」と、いつも降りるバス停に下車するために、そそくさと席を立った。
その発言は余りに唐突だったので、僕は咄嗟に「どーも、ドーモ」と応えるしかなかった。確かに、彼が僕の次のバス停から乗るのを知っていた。偶然なのか、僕のとなりの席に座る。その席が空いていなければ、僕の前に立つ。名前も勤め先も知らない。勿論、住所も知らないし、名刺交換もない。それまで会釈や朝の挨拶を交わしたことのない相手が「さようなら」を言っている。
こちらから声をかけるべきか迷った時もあるが、混雑したバス内で私語はためらわれた。無口な男ふたりの同席は何年ぐらい続いたのか、今では定かではないが、彼の頭髪が少しずつ薄くなっていた記憶だけは残った。
さらに思い出を巡っていくと、大雪でバスが止まったとき、長靴をはいて仕事場まであるくと、彼はバス停で僕を待つように、僕の後ろから歩いてきた。ここでも、彼は僕に一言も声をかけない。それを意識してか、僕が速足になると、白い息を蒸気機関車のように吐きながら彼は追いすがってきた。
彼が年若い女性であれば、すぐにでも声をかけ食事に誘ったかもしれない。なぜか僕は同性愛の感情が体のどこにもない。それにしても、世間で言う「友だち」はこうした機会から生まれるものだろうが、今日になって不思議の一言でしかない。
僕は彼の背中を凝視しつづけた。そして車窓から彼に向かって手を振りたい衝動にかられたが、年齢がそれを制止した。明日のバスから彼は長期欠席するのか。僕は降りるべきバス停を乗り過ごしてしまった。