第 3610 号2018.04.01
「 アンブレラ 」
安藤 順(ペンネーム)
窓辺に置いた鉢植え「アンブレラ」の根が鉢底からはみだしている。
鉢に比べ、成長した幹も葉も窮屈そうに見える。何度目かの植え替え時かしら……
娘が京都の大学に入学するため、一人暮らしに必要な小物を錦市場に近い商店街で揃えた。食器、醤油差し、おたま、スリッパ、突っ張り棒、カフェカーテン、ティッシュ・・・
その日は二人の両手に持ちきれる最低限必要なものだけ、と決めていたのに、最後に娘が手にしたのが小さなカポックの鉢植え。「アンブレラ」と書いたおしゃれな名札が付いて、言われてみればなるほど傘のように放射状に葉を付けている。
珍しいわね、観葉植物を欲しがるなんて。水遣りできる?
うん、できる。育てたいの。私持って帰るから。「カポック」でなく「アンブレラ」と呼んでね。
埼玉から遠く離れ初めての一人暮らし。実用品だけでなく、何か命あるものの気配が恋しいのだろうか。これからは傘のように娘をかばってやれないと思うと胸が痛んだ。
あれから七年が過ぎた。
三年前、京都から実家を通り過ぎての引越しの折り、大切にしてねと娘から託された。関東の職場近くのワンルームに置けないほどアンブレラは大きくなっていた。試験やバイト、就職活動のための往復の合間の、世話は十分とはいえなかったろうに、みずみずしい緑の葉をたくさん茂らせて。
家族と離れて暮らす娘の上に、時には雨も雪も降ったが、その都度、なりふり構わず手持ちの何かでしのいだり、びしょぬれになったり、お世話になった人達の温かさがお日さまのように乾かしてもくれたのだろう。
そうやって娘もアンブレラと一緒に成長したのだった。そしてこれからも。
一回り大きな鉢に植え替えるとアンブレラは深呼吸するように傘の葉を広げた。