「 絵の少女の横顔 」
菫野 小さ子(ペンネーム)
母の実家の応接間に、私の小さな頃からずっと、一枚の絵が置いてある。額にも入っていない油絵が、窓辺に立てかけて。
髪をふたつにわけて結んだ女の子が、ややうつむいて熱心になにかしている。横顔と肩以外は画面の外に出てしまっているので、女の子が何をしているのかはわからない。母が昔高校の美術部で描いた絵だ。
女の子の横顔が母と似ているのは、母が自分の幼い頃の写真を見て描いたからだ。手元が描かれていないのも、元の写真に写っていなかったそのままだから。写真を撮った時の祖父か祖母には、幼い娘が一生懸命なにかに取り組んでいる、その横顔が残しておきたかった光景で、何をしているかは問題ではなかったのだ。
だから、少女がなにをしているのかはずっと謎のままだ。
私は絵を描かなかったけれど、五つ下の妹は母と同じように絵が好きで、高校の部活動は美術部に入った。作品展のために、使われていない応接間に絵の道具を運び込んで、製作に励んでいる。
それほど大きくない絵を描くのにも、折りたたみ式のイーゼルに、絵の具一式、何種類もの筆、などなど……が必要で、床やソファを汚さないよう、新聞紙やビニールで覆ったりと大忙しだ。
絵の具やテレピン油は匂いも強くて、狭い我が家では作業ができない。そのために妹は応接間を借りているのだ。
静かな応接間で、妹がじっと絵の前に座っている。私は通りすがりにその様子を戸口からのぞいて、驚いた。
妹が描かれている絵のむこうに、母が描いていた絵が見えている。その絵な中の少女と妹の、ややうつむいて一生懸命なふたつの横顔が、そっくりなのだ。
母が描いた絵の少女は、写真の中の自分だったけれど、実は未来の妹の姿だったのかもしれない。そして、写真な中の幼い母は、もしかしたら絵を描いていたのかもしれない。