「 花泥棒 」
野末 ひな子(ペンネーム)
その家は私がいつも通る道路沿いにある。数年前、道路に面した東側に二メートル×一メートルほどの瓢箪型の池が作られた。池というにはあまりにも小さいが、中央には軽石のような石を置き、木賊(トクサ)やホテイ草などを植えて、池の雰囲気を醸し出していた。
ある日、傍を通りかかったとき、池を覗いて仰天した。沢山のオタマジャクシが泳いでいるのである。これが蛙になったらと想像して、家が離れていることを喜んだ。
近所からの苦情があったのか、ここ数年はオタマジャクシは放たれていない。そのかわり池の周囲には四季折々の花が植えられるようになった。持ち主の趣向か、雑然と植え込んであるので野趣豊かである。
最近はバーベナの愛らしいピンクの花が咲いていた。
いつものように通りがかりに池に目をやると、「花を盗らないで。返して下さい」と書かれた水色の板が立てかけてある。板の下には、花を土ごと持ち帰ったのか、ぽっこり穴があいている。きっとここの主は穴を見ながら悔しい思いに駆られたことだろうと同感した。
それから一週間ほどして、再びそこを通りかかると、新しい水色の板が立ててあり、「また盗るなんて」その下にStop thiefと英語で書いてあった。やはり坂の下には大きなくぼみがある。
私は不謹慎にも「また」ということばい吹き出してしまったが、すぐに盗られた人の無念さに思いを寄せた。「盗らないで」と書いてあるのを無視して、再び持ち帰るとは、なんとも図々しい花泥棒である。
雑草のように見える花でも、植える人の心が宿っている。俗にいわれる「花泥棒は罪にならない」などとありえないことだ。
私も花が好きで庭に植えているが、やっと芽が出て花が咲くのを心待ちにしていると、野良猫が掘り起こしていることがある。その時の悲しさは言葉で表せない。
今回は猫ではなく人なのだから、救いようがない。