第 3586 号2017.10.15
「 父の咳ばらい 」
お米が主役(ペンネーム)
父の咳ばらいは、なかなか特徴的だ。
昔から煙草を吸うこともあり「グォオホォン!」と
動物の鳴き声にも聞こえてしまうほどだ。
末娘で甘えん坊だった私は、幼い頃から父に可愛がられ、同じくらい心配をかけていた。
小学生のころ運動会のときには、
ベストショットを撮るため一番乗りでの場所とりは毎年恒例。
中高生のころは、習い事や塾だけでなく、ハメを外して遅くまで遊んでいると必ず迎えに来てくれた。
時には専属運転手みたいだね、と友達に冷やかされたりしたし、長いあいだ思春期をこじらせていた私は、受験勉強中、その特徴的な咳ばらいに苛ついてしまうことも多かった。
無事大学への進学も決まったころ、居間でいつもの咳ばらいが聞こえ、ふと父を見ると白髪の多さに驚いてしまった。
父は少し痩せて、何だか小さくなった気もした。
そして大学を卒業し、私は就職で上京することになった。
頑固な父は、人前で涙を流すことなど滅多にないのに
見送りの日、来てくれた友達の前で、誰よりも泣いていた。
その後上京してあっという間に数年が経った。
時折実家に電話し、母とたわいもない話をしたりする。
時には仕事で辛いことがあったり、凹んでいるときもあるのだが、そんな時、電話の向こうからあの咳ばらいが聞こえる。
白髪はより増え、老眼鏡になっても、咳ならいだけは変わらない。鬱陶しく感じていた頃が懐かしくなるくらい、今では私を笑顔にしてくれる。
「またお父さんいつもの咳してる!」と笑っていうと
「俺もあと5年だ」とブラックジョークを返してくる。
そして、そんな私は新しい命を授かった。
来年の今頃は、おじいちゃんの咳ばらいに、小さな孫がけたけた笑っているのかもしれない。