第 3582 号2017.09.17
「 トースト 」
槇 尚子(練馬区)
一人暮らしの叔母はあの東北大震災に遭い、仙台の家に住めなくなって埼玉に来た。いろいろ事情があり、家族の縁に恵まれなかった叔母は、数年前から老人施設暮らしになった。従妹と私は時々「外の空気」を伝えに埼玉に行く。その日の昼食は散歩も兼ねて外食にしてもらう。
今年、叔母は米寿を迎えることになった。おめでたい節目で、多分施設でもお祝いしてくれるだろうが、お祝い事は何回してもうれしいものである。
プレゼントはかわいいパジャマにした。たぶん本人は選ばないであろう落ち着いたピンクの花がらで、デパートの人に相談しながら選んだ。「姪に着せられちゃったの」と言い訳しながら着てもらうつもりで、明るいオレンジ色のリボンで結んでもらった。
お祝いだから今日はうなぎよ、と若い従妹が店を選んでいてくれた。ふだん施設ではめったに食べられない極上のうな重を頼んだ。うなぎは甘くやわらかで、肝吸いもおいしかった。
三人でひとしきりおしゃべりしていると、急に叔母が、
「ああ、トーストが食べたい」
と言った。なぜかと聞くと、なんとなく叔母は恥ずかしそうに答えた。トースト、たぶんそれは仙台のあの家で家族が毎日食べていた朝食だったのだろう。
トーストはどこででも売っている。施設で出ることもあるだろう。駅前には「モーニングトースト」の看板があちこちにある。
だが叔母が食べたいのはそういったトーストではない。叔父がいて、息子がいて娘がいる、そんな毎朝のトーストである。
私たちは家族の代わりはできないけれど、叔母の元気を願うことはできる。