「 45年ぶりのタカラガイ 」
利己庵(ペンネーム)
父の転勤で私は小学5年の春、海辺の町の小学校に転校した。
担任は若い女性のM先生。それまで担任は男の先生しか知らなかった私には、まぶしいほど新鮮だった。
M先生はよく授業を中断して学校からすぐの海岸に連れて行ってくれた。
海での楽しみはタカラガイ探しなのだが、その海岸ではなかなか見つからないものだった。M先生は転校生の私のために一緒に捜してくれてたけれど、いつも見つけることが出来ず、その度に「ごめんね」と言ってくれた。
わずか3か月で再び父が転勤になり、私の短い海辺の学校生活は終わった。夏休み中の急な引越しで、M先生に挨拶も出来ないままだった。
それから45年。平凡でも、その中にいくつもの出来事があった時が過ぎていった。
子供の頃は夢の時代だった21世紀。でもそれは必ずしもやさしいものではなかった。
少し疲れた私は、懐かしさにかられ、秋の一日車を走らせあの海辺の町へ行った。45年ぶりに。
小学校は既になくなっていたが、海はあの頃のままだった。ゆるやかな海岸線と鄙びた漁港。河口に掛かる鉄橋、その後ろの緑の山。
海岸に立った私に次々とよみがえる記憶。3か月ばかりのクラスメートはもう名前も思い出せないが、M先生のことが懐かしくよみがえる。
ふと足もとを見ると、なんということだろう、タカラガイがひとつ落ちているのだ。あの頃捜しても捜しても見つからなかったものが、M先生のことを思い出しながら下を見た私の足もとにあるのだ。それは薄い緑色のタカラガイだった。
これが偶然なのか奇跡なのかは分からない。でも偶然だとしても、この貝はM先生からの贈り物と思いたい。45年掛かったけれど、疲れた私のために先生が見つけてくれたのだと信じたい。
今私の机の上にある緑色のタカラガイ。それを見る度に、人生には色々なことがあっても、素敵なこともまたあるのだと思う私がいる。