第 3571 号2017.07.02
「 テトの貝がら 」
藤田 かしこ(ペンネーム)
テトは雌のシべリアンハスキー。
生まれてすぐ、父の知り合いの家からやって来た。コロコロと小さくて、まるでぬいぐるみみたいだった。幼い私でもすぐに追いつくほど足が遅く、散歩に出ても私は得意げに抱っこして歩いていた。
しかし、そんな日々は長くは続かない。
テトはみるみるうちに成長し、あっという間に立派な大型犬になっていた。
左眼は青、右目は茶のオッドアイ。庭に鎮座する姿は、犬が苦手な人にとっては恐怖だったかもしれない。
だが内実は、人好きでめったに吠えない大和撫子であった。
ある日、テトの小屋のすみっこに貝がらが転がっていた。それは拳ほどの大きさの白い巻貝で、たしか祖父母が住む島で拾ってきたものだ。
どうしてこんな所に、と訝しがりながら小屋から出した。
すると翌日、貝がらは同じ所にあった。どうやらテトがそこに置いているようだ。
暑さに弱いハスキー犬だから、日中は小屋で過ごす時間が長い。殺風景な小屋に飾っていたのか、テトの洒落っ気にはすっかり感心した。
犬の視界は人間より色彩が少ないらしい。代わりに、聴覚や嗅覚は格段に優れている。
テトは貝がらを耳元に置いて、見たことのない瀬戸内海の穏やかな波音や、風に乗って漂う磯の香りを感じることができただろうか。
テトがいなくなって、もう10年近く経つ。
あの貝がらも、いつの間にか見なくなった。