「 小さなドン・ファンちゃん 」
島田 真紀子(鳥取市)
「ねえ、お母さん。私がお母さんになったら、お母さんが二人になっちゃうね」
夜、明かりを消して4歳の娘と他愛もないおしゃべりをしていたとき、娘がふふふっ、と笑っていった。
「ちーちゃんがお母さんになったら、お母さんはおばあちゃんになるんだよ」
「そんなの寂しい。お母さんがいなくなっちゃうなんて」
泣きそうな声。
「大丈夫。ちーちゃんがお母さんになっても、お母さんはちーちゃんのお母さんだよ」
安堵のため息が耳をくすぐる。
「・・ねえ、お母さん。私が小学生になっても、大人になっても、抱っこしてくれる?」「重くって無理かなぁ・・?」
「じゃあ、ぎゅうっとするだけでいいから!」
「そうだねー・・でも、『抱っこなんて恥ずかしいよ』っていって抱っこさせてくれなくなるんじゃないかな?」
「そんなことないよ、私は大きくなっても、お母さんと抱っこしてあげるよ」
「ありがとう。お母さんも、ちーちゃんがいくつになっても、ずっと抱っこしてあげるよ」
「約束だよ?」「うん。約束」「あとね・・ほっぺにチュッもだよ・・」
言葉とともに、私の頬がチュッと鳴った。そして、エヘヘッと笑い声。
私はといえば、なんともいえない甘ったるい気分にひたっていた。
新婚夫婦だってここまで甘い会話はしないんじゃなかろうか?しかも、子どもは100%本心から、ドンファンもかくや、という歯の浮くようなセリフを耳元で囁いてくれるのだ。しばらくニヤニヤして・・・ふいに、鼻の奥がツンとなった。高校生の頃、将来への不安で眠れないとき、母の布団に潜り込むと眠れたこと、親元を離れた後も帰省のたび、母がギュッと抱きしめて迎え、送り出してくれたこと・・母に甘える自分の姿が次々に浮かんでくる。私も子どもの頃、小さなドン・ファンだったのではなかったか・・?
気がつけば、娘は微笑みながら軽い寝息を立てている。
「約束だよ」
小さくささやいて、やわらかな頬にそっとくちづけた。