「 雨が好き、と大きな声で 」
たまゆら(ペンネーム)
「雨の日が好き。大好き。」
と人前で言えなくなってどれくらい経つだろう。きっと会社勤めを始めてからのように思う。
「今日はあいにくの雨模様ですね。」
そう、上司や取引先のお客様から言われると、つい、「ええ、そうですね。」と慌てて返事をしてしまう。心の中では、
「私はこんなお天気の日が良いのだけれど…」
とつぶやきながら。
私の生まれた日も雨が降っていた、と何度となく母から聞いたことがある。それは、梅雨がもう少しで明けるという頃だった。
「もうすぐ生まれる」
その知らせを受けた父は、仕事を途中で切り上げて、小雨の中、30分程自転車を飛ばし、母と私のいる病院へ駆けつけたという。
「何もお父さん、危ないからタクシーでも呼べばよかったのに。自転車なんて。」
「そうね、でもきっとお父さん、考えるよりも先に、体が動いてしまったのよ…」
もちろん、生まれたばかりの私には、外の景色は見えていなかった。でも、初めて私を包み込んだ音や匂い、空気をどこかしら体で感じていて、それを今でも無意識に覚えているのではないだろうか、と時折思うことがある。
雨の日は、出来るスポーツが限られるし、いつものバスは混んでいる。
お気に入りの靴も、あきらめなければならないかもしれない。
それでも、雨の日ならではの楽しみもある。柔らかな光の中で、静かに読書をしたり。心を落ち着けて、あたたかいお茶を飲んだり。窓から見える遠くの風景はぼやけてしまうけれども、その反対に、近くにある木々や草花の輪郭は、雨のしずくで目に鮮やかに見えてくる。こんなにも、自分のそばにあった、晴れの日には素通りしてしまっていた、かけがえのないものに気付くこともあるかもしれない。
普段はけんかなかりしているけれど、この日が近付いてくると、あたたかい気持ちになる。優しい雨の降りしきる中、私の忘れられない記念日も、もうすぐやってくる。
だから、雨が好き、と大きな声で。