「 心の薬 」
片山ひとみ(岡山県備前市)
「それは捨てたらいけんよ。宝物じゃから」
京都の大学を卒業し、第百回薬剤師国家試験に合格した長女が、岡山の大学病院へ就職。
一人暮らしを始めるマンションへの引越しを手伝っている最中、彼女が、私の持つぶっくりと膨らんだ透明のファイルを見て告げた。
中には、色とりどりの大小様々な形の紙。
「お母さんが、私にくれた手紙やメッセージカードよ。宅配便の中にドンと置いてくれてたり。寮生活で淋しい時や勉強で辛い時、何度も読み返して励まされた、心の薬なんよ」
長女は、私からファイルを両手で丁寧に取り、ギュっと胸の前で抱き締めた。
「ほら、小学校の運動会のもあるんよ」
彼女は、手の平くらいの黄色い紙に、パンダの描かれたボロボロの一枚を抜き取り、「かけっこがおそくても、いっしょうけんめいはしれば、せかいで一ばんかがやいている」
と、細マジックで花丸と共に記されたのを私に差し出した。確かお弁当に添えた物だ。
そっと受け取ると、亡き母が蘇って来た。
私が高校一年の春、病で逝った母は、娘たちへのお年玉にも、友人へのお菓子などのプレゼントにも、ご近所へのトマトや茄子のお裾分けにまで小さなメッセージを付けていた。
「私は口下手だから、日頃の感謝や相手への気持ちを言葉に託しているの」
と、台所の引き出しには一筆箋を常備。
「電話は簡単じゃけど。私は、下手な字でも、嬉しかったと一行でももらう方が幸せ」
と、幼い私たちにもお礼状を書かせた。
あの頃、面倒と疎ましかったのに、今では亡母と同じ、文机には大小の便箋がぎっしり。
「ラインやメールより直筆には感激するわ」
娘はファイルを抱いたまま微笑み続ける。
「患者さんにも、早く元気になれるようにと自分の言葉と字で伝えていくつもりなんよ」
新社会人の笑顔が眩しく、たくさんの方々に「心の薬」も届けられるようにと祈った。