「 春色のコート 」
岡崎 照子(北区)
娘がコートを買った。
ふんわりと花が咲いたような、黄色いコート。その黄色は、春の花畑をひらひら舞う蝶々の色に似ている。色白の娘によく似合う。何かいいことが起こりそうな気がする色。部屋の中まで明るい。
きっと幸せが来る……。
この一年数か月、娘には辛いことが続いた。
大学入学後、少し落ち着いたと思った秋頃から、体調が優れなくなった。
上京したことや進学したことなど、大きな環境変化のせいもあるから神経質になり過ぎないようにとの勧めで、それに従って過ごした。しかし、原因を特定できないまま体重は減り、体調はますます悪くなっていった。
そして、病気の原因らしきものが、やっと分かった時、娘は大学二年の夏を迎えていた。急ぎ紹介状を持って専門病院へ向かうその日、娘は救急車で搬送され、緊急入院することになった。長い時間をかけて繰り返し行われた検査の結果、原因が判明した。そして、ほどなく退院となった。
しかし、退院はしたものの、歩くだけで動悸がするようでは、大学へ戻ることはできない。歩行訓練から始めなければならなかった。手脚はか細くなり、以前運動で鍛えた筋肉はなくなっていた。そんな状態で、娘は全てのことに自信を失くした。
娘から笑顔が消えた。
その後、大学へ復学したが、授業はさっぱり分からなくなっていて、遅れを取り戻すための体力もなく、余計に意欲を削がれた。仲の良かった友人も去っていった。
体調を完全に回復できない中、娘は二十歳の誕生日を迎えた。地元に帰り、ささやかなお祝いをした。友だちにも会い、少しずつ元気を取り戻した。
高校生の時、娘は明るくて、よく冗談を言っていた。あの頃が一番自分らしかったと、娘は思った。
「あの頃のようになるには、今何をすべきなんだろう……」
娘は中学生の時に励んでいた、薙刀をまた始めることにした。
私と夫は心から喜んでいる。娘が何かをしたいという気持ちになったことは、涙が出るくらい嬉しい。でも、半年前に退院したばかりなのだから、そんなに頑張らなくてもいいと思っている。
時間はたっぷりある。急ぐことなんてない。
南側の窓から春の風がはいる。黄色いコートも優しく揺れている。