第 3547 号2017.01.15
「 1本の鍵 」
彩子(ペンネーム)
コトリ!郵便ポストに手紙を入れた。1本の鍵を入れて・・・
三男から珍しく電話があった。「結婚したい人がいるんだけど。」と。
いつかそういう日が訪れると覚悟はしていたものの、「おめでとう。よかったね。」という言葉と裏腹に、心の奥に冷たい風が吹いた。
念願の東京の大学に合格したのが10年前の春。初台、駒込、三田、巣鴨と大学のキャンパスや就職に合わせ都内で転居を重ね、その度にスペアキーを預かった。鍵は、三男がマンションを留守にするときに入室するためのもの。文化祭、卒業式、転居の準備だと、それらにかこつけ遥か四国から、転居のたびに受け取った1本の鍵をバッグに入れ、心弾ませ上京したものだった。
時には三男を伴い、盛岡、仙台、青森と大好きな東北旅行を楽しみ、元旦の諏訪大社で1年の健康を祈ったり、戦没画家の美術館を訪ねたり、成田から国外で旅立ったこともあった。いつも母親の決めた無鉄砲な計画に笑顔でつきあってくれる、そんな末っ子だった。
しかしそれが「入籍を機に、2人の通勤に便利な場所に新居を捜そうと思う。」と連絡があった。それも今回の引越しは2人で準備し、母親の手伝いは必要ないと言う。
コトリ!郵便ポストに手紙を入れた。1本の鍵を入れて・・・一人暮らし最後のマンションの鍵。
これで、数十年に及ぶ私の子育ては終わったのだと、鍵を投函して思った。嬉しくて、寂しくて。でもきっと私は幸せな母親なのだろと。