第 3538 号2016.11.13
「 無題 」
豊村 千尋(福岡市)
秋晴れの東京上野。以前から訪れたかった東京国立博物館に主人とやって来ました。重厚な建物に納まるこの国の宝物の数々を見ることができて至福の時が流れました。
東京に来た目的は博物館だけではありません。この後、東京の大学に進学した息子に会う予定です。待ち合わせは博物館前。一緒に黒田清輝の作品を鑑賞した後、おいしいものでも食べさせようとはりきっていました。
ところが、部活の途中でやって来た彼曰く、午後からも練習があるから一時間くらいしかいられない。お腹もそんなにすいてない。
結局、近くにあったコーヒーショップで、サンドイッチとスープの簡単なランチをとることに。ゆっくり話す時間はなかったけれど、息子が東京で元気に生活していることだけは充分伝わってきました。あっという間のランチが終わり、一緒に入るはずだった黒田記念館の前で別れました。何度も振り返って手を振ってくれる息子の姿が上野の人混みの中に吸い込まれていきました。
「寂しい?」と聞く主人にいつになく素直に「うん」と答えつつも、たくましく育ってくれたことに感謝しなくてはと自分に言い聞かせて、主人と二人で残りの行程を終え福岡への帰路につきました。
次の日の朝、テレビでは東京は十二月並みの寒さだと言っています。着るものはあるかしらと案じつつ、こんな心配はもう必要ないかなと、上野で別れた息子の姿を思い浮かべました。