「 夫の母の贈り物 」
さかたむつみ(ペンネーム)
もう八年も前の十月の終わり。夫の母の容体は定まらず、危篤の知らせ受け、夫は既に故郷帯広に何度か帰っていた。家族三人で、夫と娘だけで見舞ったこともあった。とうとう、母が亡くなったという連絡をもらい急いで帰った。
あいにく帯広便はとれず、飛行機で札幌千歳空港へ。そこから汽車で向かった。いつもは北海道行きにはしゃぐ我々だが、娘も私もそしてもちろん夫も、悲しみで気分が滅入って言葉数も少なくなっていた。千歳空港から汽車に乗るまでのことはあまり覚えていない。南千歳駅を出発してしばらくすると、窓辺に紅葉が広がるのが目にとまった。あまりの美しさに一瞬息を呑んだ。次には感嘆の声をあげた。
北海道へはすでに二○回近く帰ったが、秋の北海道は私には二回目だった。一回目は、結婚前に夫の家族に紹介してもらいに行った時。九月の下旬であったが、北海道はもう秋だった。ロープウェイで黒岳に上り、そこから眼下の紅葉を見た。その時も美しいと思ったが、二回目はあの時とは比べ物にならないほど見事だった。
京都や日光の紅葉は有名だ。歴史ある建物と紅葉のコントラストは世界に誇れるだろう。だが、北海道の厳しい自然が織り成す壮大な紅葉も、見る人を感動させる。楓はもちろんだが、ナナカマドをはじめ、山ブドウや桜など、木の種類も本州より多いのだろう。赤や黄色に加え、ワイン色やオレンジ色も混ざって、トパーズの輝きを連想させてくれた。
夫の母は、本当に優しい人だった。私が娘のために絵本を読んでいると、「上手に読むね」とそばでささやいてくれた。笑顔の美しい女性だった。紅葉の話になると、あの日の車窓から見た光景を思い出す。夫の母が旅立つ時に残してくれた最期の贈り物だった。
今でも時折、紅葉を目にすると、母の笑顔の記憶が蘇るのである。