第 3525 号2016.08.14
「 夏の音楽室 」
新 日菜子(三重県津市)
なぜ私が、こんなにも広い音楽室で1人、何度も同じ曲を練習しているのか。それは、毎年夏に開催されるソロコンクールの出場者として選ばれたからだった。もちろん、出場するのはトランペット部門だ。「ソロ」なんて大それたコンクール、私には荷が重すぎる。しかし、私の学校から選ばれたのは、私と、あの子、2人だけ。そう、最初は私のちっぽけな対抗心だった。私は勉強もスポーツも、人並み。あの子は何でもできる優等生。だからこそ、音楽だけは負けたくなかったのだ。
私の練習場所としては、第2音楽室。校舎の西側、一番奥。ひっそりとしているが、私は嫌いじゃない。むしろ、自分だけの秘密基地みたいで、少し気に入っている。窓の外には、グラウンドで威勢の良い声を上げる野球部、私には理解できないくらい楽しそうに走る陸上部。目線を目の前の楽譜に戻した。息を整え、楽譜を構える。こちらに強いまなざしを向ける肖像画たちは、私だけの観客だ。大きく、息を、吸う。一つ一つの音を紡いで私の音楽を作り出す。音楽は素晴らしい。改めてそんな言葉を心の中で呟いた。いつのまにか、私の心にある灰色の気持ちは浄化されていた。
『私は、音楽が好き』
自分の正直な気持ちに少し恥ずかしくなりながらも、どこか心地よい気分だった。コンクール1週間前の音楽室。穏やかな風が吹き、花瓶に生けたアガパンサスの花が、優しく揺れた。