「 高校野球 」
空野 中(ペンネーム)
テレビからプレーボールを告げる甲高いサイレンが聞こえる。
青い空に白い雲。外は夏の暑い太陽がまぶしいほどに照りつけている。
高校野球の季節だ。
昭和44年春、僕は高校3年生になった。
この年、1月に東大の時計台が封鎖され入試が中止になった。
そして全国の大学を揺るがせていた学園紛争は高校にまで波及し、僕達の学校でも討論会や集会が催され、校内が落ち着かなくなっていた。
クラスもどことなくギクシャクし、仲の良かったA君ともときどき意見がぶつかった。
梅雨が終わり、夏がやって来た。
この季節、校庭はいつも野球部が占領している。
その中にA君の姿があった。
「3年生は受験勉強」という学校の方針が気にいらないのか、それとも野球が好きなのか、もしかしたら最後の高校生活を楽しんでいるのかわからない。
レギュラーとして加わることに躊躇いがあるのか、半分コーチとしての参加のようだ。
やがて夏の全国高校野球大会が始まった。
野球部は珍しく3回戦まで進んだ。
僕は友人と連れ立って神宮球場に向かった。
対戦相手は強豪校。6対0と予想通りの負け試合。
9回になったとき、監督が「代打A」と友人の名前をよんだ。
思わず「頑張れ」と叫んだ。
A君はびっくりしたのか、眩しそうに目を細めこちらを向いた。
僕は手を振った。
それに気がついたのか、A君は帽子のつばを少しあげて照れくさそうに口元に笑みを浮かべた。
打席に立つと両手でバットを握り締め、力いっぱい振った。
ボールはカーンという乾いた音をたてて勢いよく外野まで飛んだが、そこで失速して選手のグローブに落ちた。
A君は必死に走ったが、ボールを捕られたのを見てガックリと肩を落とした。そしてまた全速力で戻ってきた。
ダッグアウトの前に来た時、ふと立ち止まり顔を上げた。
僕は人差し指と中指でピースのサインをした。
A君も笑みを浮かべてピースを返した。
胸の中がじわっと熱くなった。